2022-2023秋冬 増えるOcta製品
昨年からマイブーム?のOcta製品のウェアが今年も増えている。
そんなに買ってどうするの?と思うかも知れない。いいじゃないの、飲酒もしないし、洋服も買わないし、外食もしないし、装飾品を買うわけじゃないし、地味で細々とした暮らしをしているのだから、これくらい買わせてくれーい。
登山用のような普段着用のような。というのも形がクルーネックなのだ。無地でロゴも目立たない。
在宅勤務時に何度か着ている。
アークテリクス プロトンクルー
という名称のクルーネック。メンズのSサイズ。
ラクダ色っぽい所が普段着にも使える。
裏地がオクタで表地はちょっと中厚地のウィンドシェルみたいなハリのある布で、ストレッチはほぼ無い。そして、クルーネックなので脱ぎ着はかぶるしかないので、ピッタリサイズは買わない方がいい。余裕のあるサイズがいい。
普段着に快適に着れればそれでいいかというと、一応登山用なのだと思うので、登山のミドルレイヤーとして着てみた。
気温0度、風無し。
ベースレイヤーはパタゴニアのキャプリーンエアフーディ。
そして上にプロトンクルーを着た。最初は寒いと思い、ティートンブロスのツルギライトジャケット(薄手レインウェア)を着ていた。
その状態でも「暖かいかな」くらいで、ツルギライトジャケットを脱ぎたいとは思わなかったが、敢えて脱いでみた。
キャプリーンエア+プロトンクルー
これは良い!!暑くも無ければ寒くも無い。快適過ぎてウキウキしてしまった。
下りになったら寒いだろうか?と思ったが、そんな事はなく、動いている間中快適だった。
下山後に大休憩でランチしている間のみ保温着を着ただけだ。
プロトンクルーいい。
もちろん洗濯機でザブザブ洗えるので最高!
気に入ったものは色違いで欲しくなる悪いクセが出ませんように。。。。
ヘリがかっこよかった話
ちょっと前の話だが、その山小屋の受付に入った時に、怪我の応急処置が終わった人が座っていた。こんな山奥で大変だったであろう。
もうすぐ救助のヘリが来るという。風圧が凄いので、そこら辺にいた登山者は山小屋内で待機するよう指示があった。
ヘリが来る〜。
山小屋の窓からヘリが来る方向を見ていた。
無線が聞こえる。「あと5分で到着ですー」。
ちょっとドキドキした。
上空から来ると思いきや、突如、谷からヘリはぐわわわーんとおなかを見せながら上がってきた。
その登場シーンが「カッケー」としか言いようがない。
怪我をされた方も無事運ばれていった。
早く治して、また山に来て欲しいなぁと思った話でした。
声を出さない日々
在宅勤務で、私の場合、仕事のやり取りもメールである。逆に「伝達事項の正確さ」のためにメールでの文章は重要である。すると、しゃべらない日々という連続になる。もともとあまりしゃべるほうでは無いため、苦ではない。が、たまにしゃべると声がすぐに潰れてしまうようになった。声帯が弱いのも、もともとである。おそらく発声方法そのものが悪いという気もする。
そんなおり、趣味を同一にする方々と出かける機会に恵まれた。一つの趣味といっても、さらにカテゴライズされて特定の一部に興味が集中している人の集まりである。それはそれは話が盛り上がる。今までの5年分の会話を一気にした感じになる。
すると、案の定、声がかすれた。
もっとしゃべりたいのに、しゃべれない。
みんなで「またね!」と言ってそれぞれ帰路についた。
「また」があるって嬉しいなぁ。
もちろん、山も楽しかったー。
綺麗なモルゲンロートも見れたしなぁ。
テント泊も快適に出来たし、とりあえずめでたしめでたし。
在宅勤務も継続中!
在宅勤務の話がほぼ出てこないブログになりつつありますが、「在宅勤務継続中!」です。
通勤から解放されると、日々の余計な疲れが無くなるんだなと実感する。過去の「通勤往復4時間は当たり前」という事そのものも忘れてしまいそうになる。また、通勤の疲れが仕事そのものに悪い影響がずいぶんあったんだなと改めて気付かされる今日この頃でした。
【登山】撤退は失敗なのか?
登山に関する言葉で「勇気ある撤退」がある。
登山を途中で中止して戻る時に使われる。
例えば、天候が悪いから、体調が悪いから、装備に不足があったから、などいろいろ理由はある。
そこで思うのが、「天候悪くて事故が起きそうなのに進む」とか「体調悪くても我慢して進む」とか、そっちの方がはるかに勇気ある選択のような気がしてたまらない。普通に考えて撤退の方が「賢明な判断」と感じてしまうのだ。おそらくその現場にいた場合でもそう判断するのが適切であるはずである。
だがなんだろう。不思議な事に「世間が許さない」のだ。許さないという言葉は適切ではないかもしれないが、世間はこう言う。
「勇気ある撤退ですね。残念でした。」と。
へ?残念って何?
判断出来た事の方が素晴らしいと思うし、その判断をくだす過程でものすごく勉強になったり、成長出来たりすると思うのだが。。
そんな事にクドクド思っても仕方がないのではある。
が、ちょっと「面倒くせえなぁ」と感じるようになったので「どこに行く」とか言いたく無くなってきたという話でした。